今回はお仕事の息抜きに。幼少からの映画好きで、毎日何らかの映画を観ています。ここ数年で観た映画の中でもピカイチで心に残る作品をご紹介します。本日は『泳ぐひと』という作品。非常にシュールかつ滑稽な作品ですがラストは悲しい物語です。因みにこのタイトルにも関わらずアスリート映画ではありません。
『泳ぐひと』あらすじ&データ
ある晴れた日曜の午後、森から現れたのは筋肉隆々の海パン一丁の中年男。男は知人の豪邸にあるプールに現れ、プール脇でくつろぐ知人に対して意気揚々と、「ここから隣人たちのプールと市民プールの合計8つのプールを泳ぎ継いで、自宅に帰る。」と宣言した。男は白い歯を輝かせて少年のように笑顔を振りまいた。かくして、突如現れた奇妙な男の『プール・ハシゴ・ミッション Road to 自宅』が始まった。果たして男は無事自宅に辿り着けるのか。
原題 | The Swimmer |
公開 | 1968 |
ジャンル | ドラマ |
監督 | フランク・ペリー、シドニー・ポラック |
キャスト | バート・ランカスター、ジャネット・ランドガード キム・ハンター |
Amazon Prime Video | 配信 | ○ |
U-NEXT | 配信 | ○ |
TSUTAYA DISCAS | 宅配DVDレンタル | ○ |
YouTube | 配信 購入 or レンタル | ○ |
前代未聞のスイミングロードムービー
この物語は今まで見聞きした話でグンを抜いて意味不明だ。前代未聞、摩訶不思議過ぎて理解が追いつかない。男が自宅へ帰るだけと言えばシンプルであるが、その工程が「プール伝い」。度肝を抜く奇抜さである。男はきっとヘンな人なんだろう。
それにしても、なぜ?なにゆえ、そんなことをするのか?プールを渡り泳ぐって何?そしてそんな話が映画になっているとは?異色のロード・ムービーと言えなくもないが・・・。
アメリカ映画を観ていたら、旅物語/ロード・ムービー(主人公が車などで移動しながら物語が進む)というのは多い。『イージーライダー』(1969)、『ハリーとトント』(1974)、『ペーパー・ムーン』(1974)、『テルマ&ルイーズ』(1991)・・・。そう言えば『レインマン』(1988)もロードムービーだったし、ヴィゴ様の『グリーンブック』(2018)も。
とはいえ、移動手段は車でもバイクでもなく、“泳ぎ”にフォーカスした「スイミング・ロード・ムービー」というのは、古今東西本作以外はないであろう。異色中の異色だ。しかも、ロードムービーにしては移動する場所が極端に狭い。近所の豪邸から自宅までの距離だ。
観る人を選ぶ、とても挑戦的かつアグレッシブな作品である。シュールかつナンセンス。そういったものに抵抗感のない人、チャレンジ精神旺盛な人、ぜひおすすめしたい。
因みに、異色のロード・ムービーは他にもある。ロード・ムービーに絵画のような芸術性と子どもの可愛らしさ・素朴さを加えた作品、イランの巨匠キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?/ Where Is the Friend’s Home?』(1987)。クラスメイトのノートを持ち帰ってしまった少年が、クラスメイトにノートを返却するために隣村まで行って家を探す物語である。こちらは徒歩。ジグザグ道三部作の第一作目。
この作品に出会った経緯
そんなわけで勿論カルトムービーである(どこをどう切っても)。知る人ぞ知る映画。地上波で登場することがあったとしても深夜枠。
「もう全く意味不明で言っていることがよくわからないけど、でも面白そう」と思った人。そう、そういう人だけが、ごまんとある映画作品の中でも相当珍しい部類に属するこの作品に触れることができる。色んなことを考える人がいるんだ、世界は広いと改めて気づかせてくれる。
ケーブルテレビ局「ザ・シネマ」で、映画評論家の町山セレクションで初めて知った。その時の衝撃をと言ったら。10代の頃に読んでいた映画雑誌「ロードショー」や「スクリーン」、「この映画がすごい!」にも一切載っていなかった(と思う)。
町山氏の視聴前・視聴後の解説(2回ある(前解説・後解説))は、大変面白く、かつ勉強になった。豊富な知識で、監督や役者の情報も然ることながら、当時の社会的背景や原作等の周辺情報もばっちりカバーしてくれる。YouTubeで視聴できるのでどうぞ。
町山智浩のVIDEO SHOP UFO『泳ぐひと』前解説(洋画専門チャンネル ザ・シネマより)
本作はケーブルテレビにおいてもゴールデンタイムには放映されず、変な時間帯に放映されていた。平日の午前中に放映するのを随分前から予定して鑑賞した(ビデオが無いのでライブで観るしかない)。
バート・ランカスターがすごい
主人公の中年海パン男はバート・ランカスター。1960年、『エルマー・ガントリー/魅せられた男』でアカデミー主演男優賞受賞、ゴールデングローブ賞主演男優賞に輝いた大スター。
バート・ランカスターという人に気づいた時、既に彼はキャリアの後半に来ていた。病気もしていたそうで、もう主役を張ることはなく、『カサンドラ・クロス/The Cassandra Crossing』(1978)の悪い大佐とか、『バイオレント・サタデー/The Osterman Weekend』(1983)の悪いCIA長官とか、サスペンス&パニック系でストーリー上重要なキャラクターだけれども悪い脇役というイメージが強かった。『終身犯/Birdman of Alcatraz』(1962)も観ていたけれども(本項末尾参照)。
本作はほぼバート・ランカスターの裸体で構成されている。彼の衣装は海パンのみ。衣装さんは同じ海パンを十数枚用意したという。なんせ海パンしかないのだからそうなる。しかし、数枚ではなく、撮影中に何があるかわからないので十枚以上はきちんと用意するのですね。
撮影時、バート・ランカスターは既に中年(50代前半)。にもかかわらず、その筋肉美はまだまだ健在。若い時、サーカス団にいたという彼は同世代の俳優の中でも突出した筋肉美を持っている。
既に大スターの地位を築いて久しい彼に、衣装が海パンしかない作品のオファーをした。オファーをした方も凄いが、引き受けたバート・ランカスターも凄い。この俳優は恐ろしく底の深い役者なのだなと感心する。(それとも、バート・ランカスターの方からオファーした?)
しかも、である。なんと、その唯一の衣装=海パンを脱いでしまうシーンがある。もうこうなったら全裸である。もちろん健全な作品なので隠す所は隠す。大事な所を色々な物で微妙に自然に隠れるようにして、巧みに撮影する手法。よくあるコメディ番組の手法と同じなので爆笑してしまう。
全裸になるシーンは、富豪の初老の夫妻がプール脇で優雅にくつろいでいる庭に、海パン男が乱入する場面。初老夫妻の上品な午後の紅茶タイムとのギャップが面白いシーンである。また、途中、草原で水着の女の子と妙なプロモーションビデオみたいになって戯れるシーンもある。大スター相手にここまでシュールを追及し尽くした、監督のメンタルの強さに完敗。
こんなにもメインストリームから遙か彼方に位置する作品に出演することをOKしたバート・ランカスターという人は、相当頭が柔らかく、きっと文学・アートにも理解力のあった人だったのだろう。
因みに、バート・ランカスターでその他のおすすめ作品は、『終身犯/Birdman of Alcatraz』(1962)。終身刑となって刑務所で服役する主人公が、独房に訪問する小鳥を愛でている間に鳥類について研究し没頭するあまり、鳥類研究者の権威にまで上り詰める物語。昔NHKで放映していた。ご興味ある方はこちらもぜひどうぞ。
意外と泳がない
邦題『泳ぐひと』からして、とんでもなく泳ぎまくるスポーツ映画かと思いきや、実は、海パン男はそんなに泳がない。そこがまた面白い。原題は『The Swimmer』だから、日本語の語感よりもアスリートな雰囲気満載であるのに(ネイティブの人の語感はよくわからないけれども)。
物語の大半は、豪邸の住人と会話したり、女の子と戯れたり、草原で馬と走ったり、ワゴンを巡ってケンカになったり、悲壮な顏で車道を横切ったり。
「このおっさんはもはや泳ぎもしないで海パン一丁で何をやっているんだ」と思うでしょう。
出だしも奇天烈であるが、途中も奇天烈。観れば観るほど、海パンおじさまの不可解極まりない暴走によって多くの視聴者の脳はもっと迷路の奥へ行ってしまうことだろう。
でも、そこは耐えて、ぜひ最後まで見て欲しい。おじさまのラストを観ると、何とも言えない悲しい気持ちになってしまう考えさせられる作品であるから。
海パン男のミステリー
富豪の隣人のプールを渡り泳いで住人と交流していくうちに、これまでの自分の振る舞いによって人々から嫌悪されているということを薄々感じていく海パン男。
最初は良く日焼けした肉体に真っ白な歯を見せて意気揚々と明るかった表情も、プールを泳ぎ継いで行くにつれ、段々と注がれていく周囲からの批判的な視線によってどんどん曇っていく。
人々とのやり取りを見ていると、どうやら海パン男と人々の間には、何か大きなズレというか溝というものがあるのではという事に気づく。然し、海パン男は全く気づいていない様子。男は自分は素晴らしい人間だと主張するが、人々は全否定する。
海パン男と人々との間には何かトラブルがあったのだろうということがわかる。ひょっとして男は、その自意識過剰で破滅したのだろうか。海パン男が世間から浮きまくっていることがひしひしと伝わってくる。
なぜ海パン男は人々の批判的な目線にこんなにも疎く、自己中心的に振舞うのか。無神経なだけ・・・?
そして、キーは市民プールかもしれない。男が「隣人のプールと市民プール、合計8つのプールを渡り泳いで自宅に帰る」と宣言した通り、後半戦で「市民プール」が登場。山の手の豪邸プールから下りてきて市民プールを挟み込むセンスは素晴らしい。皮肉と共にシュールを極めている。
町山氏の解説通りこの市民プールのシーンは何かのメッセージを大いに放っている。男は市民プールの入場を拒否される。確かに拒否したくなるのはよくわかる。周囲から明らかに浮いた、変な雰囲気を纏った人だから。本来楽しいはずの市民プールは悲壮感が漂い、男が無邪気に遊べる雰囲気では全くない。
全編を通じて世間と乖離しまくっている海パン男の描写が続く。一体彼は何者なんだろう。世間との乖離が激しく、後半に行くにつれミステリーの様相を呈する。
冒頭で海パン男がひょっこり出て来た森というのは、どこかの精神病院の庭だったのか。それとも、海パン男は精神を病んで自殺し、もうこの世の者ではないのか。そんな疑いさえ抱いてしまう。ひょっとするとホラー作品なのかもしれない。
果たして、海パン男は自宅に辿り着いたか。そこは観てのお楽しみ。
原作はジョン・チーヴァーの短編小説。1950年代を代表するアメリカの作家。郊外に暮らす中産階級を皮肉たっぷりに描くことを得意とする。日本語版は村上春樹の翻訳。
『泳ぐひと|The Swimmer』のまとめ
- 主人公はずっと海パンであるが、途中、全裸になることもある
- スイミングロードムービーという新ジャンル
- 意外と泳ぐシーンは少ない
- バート・ランカスターは50代でも筋肉隆々
- 実はミステリー